「船乗りさんラスト」 [ショート・ショート]
船乗りさんの話は終わったはずだった。
でも鬱陶しい五月晴れの日、
僕は散歩というリハビリ帰りに、
船乗りさんの家の前を通った。
相変わらずの白い瀟洒な家。
ゴミ屋敷にはなっていない。
植木も手入れがしてある。
(近所の人がやっているのかな)。
ふと、見上げて驚いた。
二階のベランダに人がいたのである。
・・・洗濯物を干している?
いったい誰が。
船乗りさんが?・・・まさか。
二男を亡くしてから、五年。
船乗りさんを見かけることはなかった。
90歳を超えて、洗濯ものを干せるとは思えないし。
船乗りさんの三男は同級生だ。
東京で教師をし家も建てたと聞いている。
・・・そうか。長男がいたんだ。
派手な二男三男に比べ、存在感のなかった長男が・・・。
もう一度、二階の方を見たが、洗濯ものの陰に隠れて男か女かも分からない。
長男はサラリーマンの独身で何処かで暮らしていたはず。
(戻ってきたのかな。しかしよく住めるな。怖くないのかな)。
そっ、と声をかけてみた。
「kさん」
微かな動きで気づいたことは分かった。
スローモーションでこっちを見る。
驚いた。それは若い女性だった。
「・・・はい、あの」
「あっ、いいえ。こちらKさんのお宅かと・・・」
「・・・ええ。そうですけど」
「あっ、いやそれならいいです」
「あの、もしかして、ウチのこと知っている方ですか?」
「・・・ええと、私、三男さんの同級生で」
「そうですか。はじめまして。私、ここの二男の、亡くなった二男の娘で、美奈です」
「えっ、亡くなられたお兄さんの娘さん?確か近くのお母さんの家に引っ越したのでは?」
「パパが亡くなって、おじいちぁんが亡くなって。でもここ事故物件だから売れないでしょ。
しょうがないからママと一緒にここに住んでいるの」
「お母さんと・・・」
(よく怖くないな。船乗りさんも亡くなったのか)。
嫁と舅とのいさかいが原因で次男は自死した。
「あ、あの、よかったら昔の話、聞かせて貰えませんか?」
ベランダから身を乗り出した女性は、キラキラする瞳で私を見つめている。
(この子がこの家の跡取りか)。
二男の顔が浮かんで来た。
画家という仕事柄、いつも真っ青だったのに、
あの夏は、小さな女の子と素敵な奥さんと手をつないで
日焼けしていた。
「いや、帰らないと」
「えっ、おじさん!お願い。また来てね。約束して!」
「あぁ」
船乗りさんには心臓病の奥さんがいた。
三男のところに遊びに行くといつも寝ていた。
布団からのぞく寂しげなほほ笑み。
(やっぱり似るもんだな。美奈ちゃんか。そう言えば次男の奴、言ってたな。
娘が可愛いくて奥さんを描く気が起きなくなったんだ、とか。
・・・母親に似ていたからかな)。
美奈ちゃんはまだ私の方を見ながら小さく手を振っていた。
(二男は馬鹿野郎だっ!)。
でも鬱陶しい五月晴れの日、
僕は散歩というリハビリ帰りに、
船乗りさんの家の前を通った。
相変わらずの白い瀟洒な家。
ゴミ屋敷にはなっていない。
植木も手入れがしてある。
(近所の人がやっているのかな)。
ふと、見上げて驚いた。
二階のベランダに人がいたのである。
・・・洗濯物を干している?
いったい誰が。
船乗りさんが?・・・まさか。
二男を亡くしてから、五年。
船乗りさんを見かけることはなかった。
90歳を超えて、洗濯ものを干せるとは思えないし。
船乗りさんの三男は同級生だ。
東京で教師をし家も建てたと聞いている。
・・・そうか。長男がいたんだ。
派手な二男三男に比べ、存在感のなかった長男が・・・。
もう一度、二階の方を見たが、洗濯ものの陰に隠れて男か女かも分からない。
長男はサラリーマンの独身で何処かで暮らしていたはず。
(戻ってきたのかな。しかしよく住めるな。怖くないのかな)。
そっ、と声をかけてみた。
「kさん」
微かな動きで気づいたことは分かった。
スローモーションでこっちを見る。
驚いた。それは若い女性だった。
「・・・はい、あの」
「あっ、いいえ。こちらKさんのお宅かと・・・」
「・・・ええ。そうですけど」
「あっ、いやそれならいいです」
「あの、もしかして、ウチのこと知っている方ですか?」
「・・・ええと、私、三男さんの同級生で」
「そうですか。はじめまして。私、ここの二男の、亡くなった二男の娘で、美奈です」
「えっ、亡くなられたお兄さんの娘さん?確か近くのお母さんの家に引っ越したのでは?」
「パパが亡くなって、おじいちぁんが亡くなって。でもここ事故物件だから売れないでしょ。
しょうがないからママと一緒にここに住んでいるの」
「お母さんと・・・」
(よく怖くないな。船乗りさんも亡くなったのか)。
嫁と舅とのいさかいが原因で次男は自死した。
「あ、あの、よかったら昔の話、聞かせて貰えませんか?」
ベランダから身を乗り出した女性は、キラキラする瞳で私を見つめている。
(この子がこの家の跡取りか)。
二男の顔が浮かんで来た。
画家という仕事柄、いつも真っ青だったのに、
あの夏は、小さな女の子と素敵な奥さんと手をつないで
日焼けしていた。
「いや、帰らないと」
「えっ、おじさん!お願い。また来てね。約束して!」
「あぁ」
船乗りさんには心臓病の奥さんがいた。
三男のところに遊びに行くといつも寝ていた。
布団からのぞく寂しげなほほ笑み。
(やっぱり似るもんだな。美奈ちゃんか。そう言えば次男の奴、言ってたな。
娘が可愛いくて奥さんを描く気が起きなくなったんだ、とか。
・・・母親に似ていたからかな)。
美奈ちゃんはまだ私の方を見ながら小さく手を振っていた。
(二男は馬鹿野郎だっ!)。
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