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『約束』 [ショート・ショート]

手紙が来た。
文字の表情に覚えがある。
洋子。
もう10年は逢っていない。
・・・遠くに行くから逢いませんか。
霧笛楼に予約しています・・・
横浜のジャズバー。
よくふたりで行った店だ。
中華街の何処か。

まだうすら寒い3月。
僕は中華街を歩いていた。
あれ?この道だと思ったけど。
あった。でも閉店とある。
霧笛楼は去年、閉店していた。

ポケットから手紙を取り出し、
もう一度、読んでみる。
・・・遠くに行くから逢いませんか。
霧笛楼に予約しています。
2010年3月3日いかがですか。・・・
2010年?気づかなかった。
もう10年前。・・・洋子と別れた年だ。

対面にある中国雑貨屋に顔を出す。
「あらいらっしゃい。おひさしぶり」
おばちゃん健在だ。
「霧笛楼、潰れたんだね」
「あー、あそこ高かったしね。
ジャズ古いね。
・・・しかし、あんたあの娘と仲良かったのにね。
あの娘、あの日、ずーっと霧笛楼の前で待ってたんだよ」
「あの日?」
「何言ってるのよ!ちょうど10年前の雛祭りじゃないの。
待ちくたびれて・・・ウチの方に来る時、自動車に・・・」

・・・なんの話だ。
あの日、あの日は洋子からデートの約束断ってきて・・・。

「あら!ちょっとあれ!あの娘?ほらベージュのコート着てる・・・」
霧笛楼の方を見ると確かに見覚えのあるベージュのコートを着た洋子がいた。
「・・・洋子」

僕の方を見て薄く笑うと、洋子はピョンと軽く跳ねた。
跳ねて、そのまま空にのぼっていった。
なんだか玩具のロケットのようだ。

雑貨屋のおばちゃんが目を赤く腫らしている。
「あんたに逢いに来たんだね。来たんだよ、あの娘」
あの日、洋子からのメールは「仕事で行けない。ゴメン」だった。
スマホが鳴った。
「はい・・・」

「・・・本当はね。あの仕事。あの後、締め切りが延びたの」
間違いなく洋子の声だ。
「すぐメール送ったんだけど。竜ちゃん切ってたよね。携帯。
でも、ずっと霧笛楼の前で待ってたんだよ。
竜ちゃん、約束守らない人、嫌いだったもんね。
だから、だから。私、ずっと待ってたんだけど・・・。
神様は更に十年待てって・・・だから今日来たんだ。
やっぱり手紙の方がいいね。
竜ちゃん、変わらない。全然、変わらないんでびっくりしちゃった。
・・・じゃ10年も遅くなったけど。
ばいばい。さよならはきちんと言わないとね。じゃ」
「・・・よ、洋子・・・」

「おとうさーんっ!」
遠くから声が聞こえる。
息子だ。少し時間をずらして待ち合わせをしていた。
妻も遅れて駆けてくる。
結局、僕は7年前お見合いで結婚していた。

「おとうさん、ポケモンのデッキ買ってよ!」
「あなた、それでお友達に逢えたの?」
「あぁ・・・」
「よかったわね!もしかして美人さんだったりして?」
ケラケラと笑う妻の顔を見る。

・・・洋子だった。
(そうか)
あの頃、洋子と僕は結婚の約束をしていたんだったっけ。










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