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鬼畜ー序章 [小説]

大勢の兄弟に囲まれて育った母親は、
クォーター故に戦時中の疎開地でいじめられたが、
気の強い性格でさっさと中学校をやめた。

戦後はそのクォーターの美貌で米軍基地で働く。
和文タイプができるということで就職したらしいが、
ほとんど米兵とおいちょかぶをやっていたらしい。

そんな様子を見ていた父親は
「この女性なら私でも幸せにできる」と妙な思い違いをした。

父親は生まれた途端、両親がいなかった。
父親は病院へ。母親はじゃ私は、と違う男のもとへ。

9歳くらいまでは父方のおばさんに育てられたそうだ。
もちろん学校など行っていない。

満州から引き揚げてきた母親にようやく引き取られ戸籍を得た
父親は異父兄弟にいじめられながらも、
必死に勉強し、恩師に出会い、早稲田大学の理系へ入学した。
赤紙の来ない優等生だ。

戦争が終わると父親はロシア文学部へ編入し、学問に熱中した。
英語はほぼ喋れたので、米軍でアルバイト。
そこで母親と出会ったらしい。

英語が堪能だったためにA新聞社に入社。社会部に配属された父親。
優しい性格故、荒い当時の新聞記者の間では苦労しただろうが、
当時のエリート記者たちと銀座で呑み、語り、夜討ち朝駆けで精力的に働いた。

子供は私の上に長男、私が二男、下に長女がひとり。
暑苦しい団地住まいから念願の一戸建てに引っ越した時には、
社会部のデスクになっていた。優秀だったのだろう。

母親は恵まれた環境の中で子供たちと楽しく過ごしたが、
教育には興味がなかった。
中学も卒業していないのでそれもコンプレックスだったのだろう。

今日、私は満六十一歳を迎えた。還暦だ。
と言っても独身、無職の身体障碍者だ。

母親は八十六歳。ずっと元気で来たが、
あまりにつまらないことで
精神が不安定になり、神経科の薬を先週飲み始めた。

そしてその不安は拡大化し、自分の老後の心配へと向き、
食欲もなくし、数キロ、痩せた。
ここから呆けていくのだろうか。

私は還暦の日に母親の介護を神から与えられたのだろうか。
だから宗教は嫌いだ。おめでとう、という声もなく、
私は老いた母親と人間嫌いの兄ととぼとぼ暮らし、
そして死んでいくだけなのだろうか?
違う選択肢は選んではいけないのだろうか。
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